「また今日も怒ってしまった」
「子どもは可愛いのに、一緒にいるのが苦しい」
「私、母親に向いていないのかもしれない」
そんな風に一日の終わりに反省すること、ありませんか。
発達障害のある子どもの育児は、育児書通りにはいかないことばかりです。
何度言っても伝わらない、予測不能な癇癪、周りの視線、誰にも言えない孤独。
「もう逃げたい」「1人になりたい」と思うほど、心が限界を迎えてしまう日もあるかもしれません。
私は看護師として働きながら、発達障害のある子どもを育てています。
看護師として知識はあっても、育児は思うようにはいかず、私自身も「母親に向いていないのでは」と何度も悩みました。
この記事では、そんな私が見つけた心と体がスッと軽くなる看護師ママ流の「3つの処方箋」を届けます。
家族でお出かけしたあの日、私は1時間歩いて帰った

我が家の長女は自閉スペクトラム症(ASD)の診断があります。
言葉で気持ちをうまく表現することができず、伝わらないイライラで癇癪を起こすことも多い時期がありました。
そのころは、「ママ嫌い」「ママ死んで」等の言葉も多く、私も精神的にかなり参っている時期でした。
そんななか、家族みんなで車で外出をした日のことです。
外出先で機嫌が悪くなった長女に「ママ今すぐいなくなって」という言葉をかけられた瞬間に限界を迎え、本当に長女と夫、0歳だった長男を置いて一人で1時間以上かけて歩いて帰りました。
その時に「私は母親に向いていないんじゃないか」と本気で思ったことを覚えています。
当時の私と同じように気持ちが限界を迎えているママへ、看護師として、そして同じ痛みを経験した一人のママとして、伝えたい「3つの処方箋」があります。
訪問看護師ママが贈る、心を救う「3つの処方箋」

今でも落ち込んだりしんどい気持ちになったりすることはありますが、当時よりは気持ちが軽くなりました。
医療の知識と、当事者としての経験の両方から見えてきた、心を軽くするための3つのアドバイスをお伝えします。
【処方箋①】「母親に向いていない」のではなく、脳の119番通報だと知る
「子どものことを愛していないんじゃないか」
「母親失格だ」
「違う母親だったら、もっとうまくやれるのに」
そうやって自分を責めて考えてしまうこと、ありますよね。
でも、看護師の目で見ると、原因はたいてい愛情不足ではありません。
本当の原因は「慢性的な睡眠不足」や「脳の過覚醒状態」です。
私は訪問看護で多くのご家庭を見てきましたが、介助する家族が倒れる原因の多くは、まさにこれです。
眠れない日々が続くと、脳は常に警戒態勢のまま休まらなくなり、些細なことにも過剰に反応してしまう。
それは意志の弱さでも、母性の欠如でもなく、身体が発している立派なSOSなのです。
私自身、「愛情が足りないんじゃないか」と何度も思い悩んでいました。
でも、冷静に分析してみると限界を迎えている自分の精神が見えてくるかもしれません。
「私が未熟だから」という自己否定の呪いを解いて、「これは脳のSOSなんだ」と気づけたら十分です。
【処方箋②】育児書の正論を捨て、「子どもの笑顔を基準にする」
長女は生まれたときからこだわりが強い子でした。
3時間おきといわれる授乳も嫌がるときは頑として飲まず、寝たくない時は一晩中泣いて寝かしつけを拒んでいました。
「この子は普通じゃないのかもしれない」と、その頃からうっすら感じていました。
初めての育児だったので、育児書を読み込み、ネットで調べ、母乳相談室にも通い、なんとか「普通」のレールに乗せようと必死でした。
でも頑張るほどに、長女の癇癪は増え、育児はつらいものになっていきました。
それでも私が頑張れたのは、長女がよく笑う子だったからです。
ある時、「この子が笑っていれば、それでいいじゃないか」と思うようになりました。
そこから、育児書の「普通」を手放しました。
ご飯は食べたい時に食べたいものを。
テレビやおやつは時間や量のルールより、見すぎた後・食べすぎた後の様子を観察して親が学ぶ。
長女が「嫌だ」と言ったことは、その気持ちを尊重する。
そうやって長女の笑顔を基準に切り替えてから、親子で笑っている時間が増えました。
同時に、それまでは親子で泣いている時間の方が多かったと気づきました。
「栄養を摂らせなきゃ」「規則正しくさせなきゃ」「癇癪は迷惑になる」
そういう考えを一旦手放し、長女が笑顔になれることを増やそうと決めた時、視界がふっと開けた感覚がありました。
それから、育児を「楽しい」と思えるようになったのです。
【処方箋③】夫の機嫌を伺うのをやめて、正しくサボる
我が家には、長女が癇癪を起こす→夫がイライラする、というループがありました。
私は長女の対応をしながら、夫の機嫌も伺い、まだ赤ちゃんだった長男も守り、と一人で三役をこなそうとしていました。
でも、あの日すべてを置いて一人で歩いて帰った時、初めて気づいたことがあります。
夫がイライラしていたのは、長女に理解がないからでも、育児から逃げたいからでもありませんでした。
長女は私以外には癇癪をぶつけず、癇癪中は他の人を徹底的に無視するところがあります。
だから夫は、私が困っていても代わることができず、「何もできない自分」にイライラしていたのです。
発達障害のある子どもがいる家庭では、夫婦ともに大きなストレスを抱えることがあります。
でもそれは、夫の無理解や逃げだけが原因ではないのかもしれません。
むしろ「話し合えないこと」「協力し合えないこと」が、夫婦をすり減らしていくのだと思います。
私はそこから、夫を「機嫌を伺い、守らなければいけない相手」ではなく、「一緒に戦う戦友」として捉えなおすことにしました。
すると、自分がどれだけ一人で抱え込みすぎていたかが見えてきました。
夫の機嫌を伺うのではなく、いい意味で夫を頼って、正しくサボる。
たとえばごはんを作るのをやめてレトルトに頼る。
Youtubeなども一時的な休息のための選択肢です。
自分が全部やらなくても、意外と世界は回るんです。
完璧な母親を目指すのをたら、少しずつ笑顔が戻ってきた

3つの処方箋を意識するようになってから、劇的に何かが変わったわけではありません。
長女の特性が消えたわけでも、癇癪がゼロになったわけでもありません。
でも、確実に変わったことがあります。
「これは脳のSOSだ」と気づけるようになってから、自分を責める時間が減りました。
「子どもの笑顔」を基準にしてから、親子で泣く時間より、笑う時間が増えました。
そして夫に頼れるようになってから、一人で抱え込むことが減りました。
相変わらず大変な日も「もうだめだ」と思う日もあります。
それでも、以前のように限界まで追いつめられる前に、「あ、今ちょっとやばいかも」と自分の状態に気づけるようになりました。
気づくことができれば、対処することができます。
レトルトに頼ったり、夫に代わってもらったり、Youtubeの力を借りたり。
以前は「サボっている」と感じていたことが、今は「生き延びるための当然の選択」に変わりました。
その結果、イライラする頻度も、爆発する回数も、驚くほど減りました。
完璧な母親を目指そうとするのをやめた途端、不思議と子どもとの間に笑い合う時間が増え、心に余裕を持って物事を客観視できるようになりました。
まとめ:最高の母親じゃなくていい、ただ笑っているお母さんでいよう

もし今、私と同じように出口の見えない暗闇の中にいるなら、伝えたいことがあります。
あなたは「母親に向いていない」のではありません。
誰よりも真剣に、誰よりも一生懸命に、我が子と向き合っているのです。
苦しくなるのはむしろ、愛情があることの証です。
発達障害児の育児に、明確な出口や正解はなく、時には育児書さえ役に立たないことがあります。
今日、何度怒ってしまっても、何度自分を責めてしまっても、それでもお子さんのそばにいる。
それだけでもう、十分すぎるほど頑張っているお母さんです。
最高の母親は、あなたや周りの人が決めるものではありません。
子ども自身が選ぶのです。
お母さんが笑っている、そのことが子どもにとっては何より価値があり、一番の心の栄養になるはずです。
そしてもし、一人で抱えきれないほど辛い時は、どうか一人で頑張りすぎないでください。
地域の子育て支援センターや発達障害者支援センター、かかりつけの小児科など、頼れる場所は必ずあります。
まずは誰かに「辛い」と言葉にすることから、始めてみませんか。

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